カテゴリー : Classical Music

11/29 オッコ・カム & ラハティ交響楽団 演奏会

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2015年11月29日(日)東京オペラシティ タケミツメモリアル
生誕150年記念シベリウス交響曲サイクル(最終日)

シベリウス:
交響曲第5番変ホ長調作品82
交響曲第6番ニ短調作品104
交響曲第7番ハ長調作品105

オッコ・カム:指揮
ラハティ交響楽団

11/3のリントゥ&フィンランド放送交響楽団につづき、フィンランドのラハティ交響楽団を聴きいた。
ラハティ交響楽団は90年代に指揮者オスモ・ヴァンスカのもとスウェーデンのBISレーベルへのシベリウスのヴァイオリン協奏曲のレコーディングが特に印象に残っている。
当時全く無名のオーケストラだったが北欧の田舎町のオーケストラということでどんな音色をもった団体なのかとても興味深く聴いたのを思い出す。
その後、シベリウスの交響曲チクルスでも来日しているが、その当時の私はまだシベリウスの音楽にそれほど心酔していなかった。
交響曲は1番から3番までしか聴き進められなかったのだが、それが数年前にカラヤンの指揮するフィルハーモニア管弦楽団による「第5番」のモノラル盤アナログ・ディスクがきっかけだった。
第3楽章ラストのクライマックスを初めて聴いた時の衝撃といったら!
この後しばらくして「6番」「7番」はわりとすんなり自分の中に入ってきた。
北の自然を感じさせる固く険しい楽想、それとは裏腹な暖かい自然の温もりを感じさせる楽想、そして我々日本人が聴いても懐かしい気持ちになる独特の節回し、これらが瞬間瞬間で切り替わっていく。
「5番」を聴いてシベリウスの音楽の魅力に一気に開眼した。

一度実演で聴きたいと思っていたのだが、この日は「5番」から「7番」まで一気に聴ける貴重な機会となった。
交響曲サイクル最終日ということもあってホールはほぼ満席。
「5番」冒頭の日の出の瞬間をとらえたようなホルンからシルバートーンのシベリウスサウンドが広がる。
透き通るような弦のトレモロや柔らかい木管の響きなど明らかに他のオーケストラとは異なる魅力的な音色をもっている。
オッコ・カムの棒はヴァンスカとは異なり自然な音作りを感じさせるものだった。
第3楽章ラストもカラヤンやバーンスタインのようなマッシブさはないが大仰な感じのない大らかな音楽。
比較的編成の小さいオーケストラから、宇宙を感じさせるような雄大な音楽が展開されるのは、やはりシベリウスのスコアが緻密に計算されたものになっているからなんだろう。
休憩を挟んでの「6番」「7番」も素晴らしく、とても満たされた気持ちになった。
アンコールの後も会場の拍手はなかなか鳴り止まなかった。

さて、このブログ「琴線音楽」も10年。
その間、震災など様々なことがあり私の身の回りの状況、そして自分自身も以前とは変わった。
「琴線に触れる音楽」という右脳的感覚は変わることはないが、単なる快楽主義的嗜好から自分の中にも変化を感じている。
シベリウスの音楽との体験もきっと単なる偶然ではなく、自分の心の状態と関係しているように思う。

ハンヌ・リントゥ指揮フィンランド放送交響楽団演奏会

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2015年11月3日(火祝)14:00〜グランシップ中ホール(静岡市)

ハンヌ・リントゥ:指揮
フィンランド放送交響楽団
諏訪内晶子(vn)

〜シベリウス生誕150年記念〜
シベリウス:
交響詩「フィンランディア」作品26
ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47
交響曲第2番ニ長調作品43

グランシップ中ホールで初めてオーケストラの演奏を聴く。
非常に立派な堂々としたシベリウスだった。
やはりフィンランドのオーケストラで聴くシベリウスは格別だ。
北欧のオーケストラの特徴というべきいぶし銀のような金管楽器群の響き、ややほの暗い響きの木管群、そして少しざらついた弦楽器群といったまさに銀色のシベリウスサウンド。
ホルンの音色がやや明るい分全体的に重くならない外向きな感じの音。
諏訪内晶子さんのヴァイオリンも大変な熱演でこのシベリウスの難曲を見事に弾ききっていた。

会場はほぼ満席。この中ホールは1000席ほどでコンサートホールの規模からするとやや小さくアーティストとの距離は近い。
そのわりに小さな音が聴きにくく強奏時のアンサンブルは混濁する。
日比谷公会堂のようなほとんど残響がないわりに聴きやすいホールなどもあるので反射板等での調整をしてはどうだろうかと感じた。

2015/5/31 ウラジーミル・フェドセーエフ&チャイコフスキー記念ボリショイ交響楽団(モスクワ放送交響楽団)演奏会

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2015年5月31日(日)18:00〜 サントリーホール

ウラジーミル・フェドセーエフ:指揮
チャイコフスキー記念ボリショイ交響楽団

〜生誕175年記念チャイコフスキー・プログラム〜
チャイコフスキー(ガウク:編曲):四季 作品37b〜4月、6月、10月、12月
チャイコフスキー:クリスマスツリー(バレエ曲「くるみ割り人形」作品71a)
—休憩—
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調作品64
—アンコール—
チャイコフスキー:バレエ曲「眠りの森の美女」パノラマ
チャイコフスキー:「雪姫」道化師の踊り
ハチャトゥリアン:バレエ曲「ガイーヌ」レズギンカ
チャイコフスキー:バレエ曲「白鳥の湖」スペインの踊り

前回2013年から3年ぶりの来日公演へ出かけた。日本ツアーの最終日。

「四季」の「4月」冒頭のバイオリンと木管の裏打ち、続くチェロとコントラバスのピチカートのそれぞれの楽器の倍音が重なってホールに響く。
芸術監督・首席指揮者のフェドセーエフ氏が今年の2月にご病気をされたという記事がネット上にあったが、お元気そうなな指揮姿を拝見できて一安心。
このオーケストラのややザラつきのある弦の音は大好きだ。かつては氷のような冷たく鋭い金管とカミソリのような弦楽が特徴のオーケストラであったが私はその名残り(伝統)だと思っている。そしてこのガウク編曲のオケ版「四季」で大活躍だったのは意外にも木管楽器。アンサンブルが大変素晴らしかった。
続く「くるみ割り人形」でもチャイコフスキーのチャーミングな木管パートが際立っていた。私の座った席がステージ下手だったせいもあるかもしれない。

後半のメインプログラムはフェドセーエフお得意の交響曲第5番。この曲は2009年の公演時にもここサントリーホールで聴いている。早めのテンポで進め歌うべきところでグッとテンポを落とすスタイルは基本的に変わっていないが、オーケストラの音色にロシアっぽさが復活しているようで大変な名演であった。
特に第2楽章が素晴らしかった。有名なホルンソロであるが、今回もやや篭った仄暗い音色でビブラートをかける伝統的なスタイルで演奏されている。恐らくもうこのオーケストラでしか聴くことができないのではなかろうか。このソロは2名の奏者で吹き分けたりする場合があるが一人で全部吹ききっていた。
前回フェドセーエフの第5番の印象を「淡麗辛口」と書いたが今回の演奏を聴いて言葉足らずだと感じた。今回の演奏を聴いて世代交代などで音色が不安定な時期から安定期〜成熟期に入って音色や演奏に厚みや深みが出てきているのではないかと思った。あくまでも個人的な感想だが。

交響曲第5番はブラヴォーの嵐で拍手が鳴りやまない。その後アンコールを4曲。
そしてなんと、このオーケストラの十八番であるハチャトゥリアンの「ガイーヌ〜レズギンカ」が聴けるとは思わなかった!もちろんサモイロフさんの独壇場でもう言うことなし。
オーケストラの団員さんがはけた後も、拍手が鳴りやまずフェドセーエフさんは何度もステージにお出になられていた。
何度聴いてもまた聴きたくなる、そして何よりも楽しいのである。こういうオーケストラは世界を探しても他にないと思う。

楽器配置は左右に第1、2ヴァイオリン(両翼配置)、真ん中左にチェロ、右にヴィオラ。前回までは最後列に一列に並んでいたコントラバスは左奥に2列に配置。その前に、ハープとチェレスタ。ステージ中央の木管は1列目左からフルート、オーボエ、2列目左からクラリネット、ファゴット。金管はその後ろに一列、左からトランペット、トロンボーン、中央にチューバ、打楽器(グロッケンシュピール、ティンパニ、シンバル、グランカッサ)。ステージ左最後列にホルン。

プレヴィン&LSOのラフ2をアナログLPで聴いて思ったこと

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ラフマニノフ:交響曲第2番 完全版
アンドレ・プレヴィン:指揮
ロンドン交響楽団
(1973年録音 英EMI ASD 2889)

このレコードでの音の印象は低音がずっしりと響いていて聴こえるべき音が自然に鳴っている感じ。ロンドン交響楽団の少し仄暗いトーンと重厚な響きがきっちりととらえられている。弦も決してささくれ立っていないし弦バスやチューバも生々しく豊かに響く。左奥にはティンパニもちゃんと見える。オーケストラが一体となった時の音楽のうねりまで伝わってくる。
それに対してCDの音は音像が遠くて高域から低域までがまんべんなく聴き取れるが細くて平面的だ。

CDで音楽を聴き始めて何年か経過したころにうすうす感じてはいたのだが、特に1950年代から1970年代に録音されたものはレコードの方がより自然で音楽的に鳴るものが多く存在するように思う。特に古い録音テープにはヒスノイズや高音のザラつきや歪みがある。当時の録音エンジニアやカッティングエンジニアは録音技術の限界というものをちゃんと理解していて、そういうことを全て織り込み済みで最善の形でレコードにしているように思う。如何に音楽的に本物らしく演奏家の息づかいや音楽のグルーヴを聴かせるか?そこにこだわったのではないだろうか。

あと、私がレコードを聴いていた1980年代の国内プレスレコードは外盤にくらべて音に格段の差がある。当時買ったレコードといわゆる外盤を聴き比べるのはある意味面白いがショックも大きい。特にクレンペラーの名盤などは当時外盤で聴いてていたら印象がずいぶん違っていただろうにと、本当に残念に思う。

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11/17 ヴォロディミール・シレンコ指揮 ウクライナ国立交響楽団

11月17日(土)東京オペラシティタケミツメモリアル

チャイコフスキー:幻想序曲「ロミオとジュリエット」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」

ウラジミール・ミシュク(ピアノ)
ヴォロディミール・シレンコ(指揮)
ウクライナ国立交響楽団(キエフ国立交響楽団)

ついに「あのカリンニコフのオケ」が来日した!?
Naxosレーベルでロングセラーとなった「カリンニコフ:交響曲第1番&第2番」のあのオーケストラではないのか?
招聘先のサイトやフライヤーでのオケの日本語名が「キエフ国立交響楽団」と記載されているが、英語名は「The National Symphony Orchestra of Ukraine」となっている。
オーケストラの公式サイトも「The National Symphony Orchestra of Ukraine」と表記されていてプロフィールなどを比較しても現在の音楽監督はシレンコ氏になっているし、設立や歴代の指揮者の名前も一致している。
サイトのディスコグラフィに「カリンニコフ:交響曲第1番&第2番」が掲載されているから間違いないだろう。

演奏は非常に立派で素晴らしかった。
ウクライナのオーケストラの特徴は、明るく柔らかい音色である。
ロシアのオケとは大らかさの部分では共通しているが、モスクワのオケに共通する爆演系の演奏スタイルとは無縁のようなきがする。
以前にキエフ・フィルを実演で、そしてCDでウクライナ国立響やオデッサ・フィルを聴いて感じた個人的な感想ではあるが・・。

今回このオーケストラを実際に聴いて思ったのは意外に金管楽器が力強くバランスよく鳴らす ことと、そして木管楽器の音が大きいこと。
金管楽器はチューバやバス・トロンボーンの低音が強く、中域5本のホルン、そしてトップのトランペットもバランスよく鳴っていた。
なので思っていた以上に現代的な響きのするオーケストラだった。
特にオーケストラの音色の要ともいえる5本のホルンがとてもよかった。
ロシアのオーケストラとはまた違った明るく伸びやかな音色で、「悲愴」の第4楽章の終わりのゲシュトップ(ビーンという金属音)なんかも非常に特徴的な音色だった。
いずれにしても、ウクライナの伝統的な音色を保持した素晴らしいオーケストラであることにはちがいない。

指揮者のシレンコ氏も、指揮ぶり音楽ともにスマートで近現代ものを得意としていそうに感じた。
名前をYouTubeで検索するといろいろ出てくる。
マーラーやショスタコーヴィチの交響曲、ウクライナの現代の作曲家スタンコヴィッチ本人の前でコンチェルトを演奏する映像など。
今度はショスタコーヴィチやマーラーなんかを聴いてみたい。
ご本人のサイトのレパートリーの中にあるオネゲル「典礼風」 も是非聴いてみたい。

そしてミシュクのラフ2。
今まで聴いた中で最も遅いテンポで始まり、途中止まってしまうのではないか?というぐらいのタメが印象的。
アンコールのチャイコフスキーの「四季〜10月」も たっぷりと間合いをとった演奏で、この曲は何度聴いても泣けてくる心に染み入る曲だ。

10/13 チャイコフスキー記念ボリショイ交響楽団(モスクワ放送交響楽団)

10月13日(土)鎌倉芸術館 大ホール

ラフマニノフ:ヴォカリーズ
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」

小山実稚恵(ピアノ)
ウラジミール・フェドセーエフ(指揮)
チャイコフスキー記念アカデミーボリショイ交響楽団モスクワ放送交響楽団

前回の2009年の来日からオーケストラとの来日はおそらく3年ぶり。
その来日公演の初日、鎌倉芸術館で聴く。

1曲目のヴォカリーズ。
このオーケストラの独特の弦の音色を楽しめた。
聴く度に少しずつ音がまろやかになっているような印象はあるが、やはり少しざらついた感じのほのぐらい音色は変わっていない。

2曲目の小山実稚恵さんのピアノによるラフマニノフの3番のコンチェルト。
6年前の来日時に聴いた同曲、デニス・マツーエフの力強い硬質な演奏とはまた違ったタイプの演奏。
音量・リズムなどの表現の幅がおおきく非常にダイナミックな音楽づくりだ。
第3楽章も半ばにさしかかろうというところでオーケストラの集中力も一気に高まりスリリングかつ白熱した演奏だった。

後半の「悲愴」は少し早めのテンポで一気に聴かせるといったフェドセーエフの音楽づくり特徴がとても良く出た快演だったと思う。
音楽は自然に流れ奇をてらったようなところはないが、オーケストラが一体となったときに生まれる音の大きなうねりにはいつも圧倒させられる。
特に第4楽章での弦の音色、金管楽器のほの暗い響きはこのオーケストラならではのもの。
ホルンのヴィブラートはほとんど聴かれなかったがテヌート気味に吹く奏法は今も残っている。
最後の銅鑼がやや強めに打たれたのが印象的で曲により一層の深みを与えていたように感じられた。
アンコールはお得意のスヴィリードフ「吹雪〜 Echoes Of The Waltz」とチャイコフスキー「白鳥の湖〜スペインの踊り」。
「スペインの踊り」でのサモイロフさんのタンバリンが聴けたのが嬉しかった。

楽器配置は左右対向配置の第1第2ヴァイオリン、センター右にチェロ、左にヴィオラ、最後列に9台のコントラバスずらりと並べるというスタイルで演奏される。
こいういう他のオーケストラではなかなか見られない楽器配置もとても興味深く、やっぱりフェドセーエフとこのオーケストラは何度聴いてもいい。
今回鎌倉芸術館は初めてで、3階席の中央で聴いたのだがとても聴きやすいホールだった。

サヴァリッシュのシューマン交響曲全集

シューマン(1810-1856)
交響曲第1番変ロ長調 op.38『春』
交響曲第2番ハ長調 op.61
交響曲第3番変ホ長調 op.97『ライン』
交響曲第4番ニ短調 op.120
序曲、スケルツォとフィナーレ op.52

ウォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
シュターツカペレ・ドレスデン
(録音:1973年)

中古CDショップでサヴァリッシュ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(SKD)の名盤「シューマン:交響曲全集」を購入。

といっても1番と4番、2番と3番それぞれ別々でジャケットに指揮者のサヴァリッシュが写っているいわゆる旧盤(1988年digital remastering)、赤いプラケースが懐かしい。
最近購入した現行のマスタリング盤の音が僕の耳には馴染まないというか聴きにくく感じていて、大好きな全集なのにほとんど聴いていなかった。
で、たまたま中古CDショップで見つけたので買ってみた。

こちらの方が、断然聴きやすい。
音の分離がよくて、ティンパニもアタック音だけでなく音に厚みがあるし、いぶし銀といわれたSKDの響きを楽しむのには十分な音だと思った。

さすがに40年も前の録音だがらそれなりの音ではありますけど。
当時のアナログ盤お持ちの方は、それがベストでしょう。あたりまえか。。
最新リマスタリングとか新しいものがいいとは限りませんね。

 

バッハの鍵盤協奏曲(Bach : Keyboad Concerto Glenn Gould, Simone Dinnerstein )

バッハ:ピアノ協奏曲第3番 第5番 第7番
グレン・グールド(ピアノ)
ウラジーミル・ゴルシュマン(指揮)
コロンビア交響楽団

バッハ:ピアノ協奏曲第5番 第1番、イギリス組曲第3番、他
シモーヌ・ディナースタイン(ピアノ)
シュターツカペレ・ベルリン室内管弦楽団

最近この2枚を交互に聴いている。
今年の後半はなぜだかよくわからないがバッハをよく聴いた。
今年の前半、集中的に聴いていたバーデン・パウエルがバッハをよく聴いていて、その作品にも少なからず影響があるという話を聞いたことがある。
もしかしたら関係があるのかもしれない。

ピアノ協奏曲第5番の聴きくらべが楽しい。
グールドの楽曲の構築性をはっきりと打ち出す直線的でリズミカルな演奏に対して、ディナースタインの演奏はリズミックな部分としなやかさが共存したバッハである。
一聴したところ対照的な演奏なように感じられるが、バッハの音楽を耳にやさしく楽しませてくれる点では共通していてどちらもとても好きな演奏だ。

フランスから嘆願署名運動が

3月11日からもうすぐ4ヶ月が経過しようとしているのに福島第一原発の事故処理は何の進展もないまま、今現在も放射能を大気そして海への放出が続いている。
だが東電と政府とマスコミなんかの発表や報道からは事態の深刻さは伝わってこない。
スーパーには福島や茨城県産の野菜が普通に並んでいるし、みんな普通に生活を送っているように見える。
しかし東京都内で下水処理施設に続いてついに清掃工場の焼却灰からも高レベルの放射線が検出されはじめた。
フランスに輸出した静岡のお茶からも規制値を上回る放射性セシウムが検出されたなんてニュースも。
おそらく僕が今住んでいる静岡市もちゃんと調べれば相当な線量が検出されるんじゃないかと。

こういう状況からついに、これは世界レベルの危機であるという意味で、フランスから嘆願署名運動が起きている。
内容は以下(日本語ページ)のとおり。

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世界人権宣言では以下のように述べています :

第1条: すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない.

第3条: すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する.


これを考慮し、日本の人民とその他の世界を危険に晒している福島第一原子力発電所の現状を踏まえ、また、東京電力と日本政府がこの状況を管理する能力に欠けていることに鑑みて,

地球の住民たる我々は、国際連合(UN)、世界保健機関(WHO)、およびすべての国際機関と政府に対し、つぎのことを懇願します :

1. 国連の委任により、福島第一原子力発電所とその事故の帰結の管理を引き継ぐ国際的・学際的チームを確立すること.

2. 日本の人々を守るために、どんなコストも辞さずにあらゆる手段を講じる責任を持つ対策チームを国連内に設置すること.

 

我々は、生まれながらにして自由かつ平等である人間であり、理性と良識に基づき、同胞の精神をもって行動します。我々は、日本の同胞たちと我々のこどもたちの命、自由、および安全を心配しています.

(英語ページの末尾の)嘆願書に署名

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日本国内ではこういう動きがほとんどみられないということ、ただただこの現実を受け入れることしかできない自分自身もなんだか情けないなあと。
そんなことを考えつつ署名。

グスタフ・マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調第4楽章〜アダージェット(Gustav Mahler/Adagietto)

今年はグスタフ・マーラー(1860-1911)の没後100年ということでCDショップや書籍で特集が組まれていたり、今月から新しい映画の公開もあるらしい。
もう20年以上も前の全集だけどシノーポリ指揮の交響曲全集(12枚組)が3500円ほどで並んでいたので購入、ここ数日ずっと聴いている。
最近円高のせいもあって、CDが安く買えるのはとても嬉しい。

さて、交響曲第5番はマーラーの交響曲の中でも人気の高い曲で、特に第4楽章のアダージェットはハープと弦楽による非常に美しい楽章。
ルキノ・ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」で使用され有名である。
ある種病的で妖しげな色気のようなものが漂う。
ハープのアルペジオにのってヴァイオリンがしっとりと歌い始め静かにゆっくり高まっていくのだが、終盤の小休止する部分でヴァイオリンとヴィオラが高音から低音にかけてpppでグリッサンドする箇所があるのだが、初めて聴いた時背筋がゾゾっと、こりゃいわゆる一般的なクラシック音楽と違うなと思った。
というか、ここまで聴き進む前からわかってることではあるが・・。

このアダージェットを聴いているとカエターノ・ヴェローゾのスローな弾き語り(LindezaとかLua Lua Luaとか)とある種の共通した香りのようなものを感じる。
この曲をカエターノがギターを爪弾きながら歌ったとしてもきっと何の違和感もないだろう。
決してただ甘いだけの音楽ではないのだが聴いていると「脳内モルヒネ」がたくさん分泌されるような麻薬的要素があるのかもしれない。

ちなみに、このアダージェットの僕的ベストアルバムは、
ロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1982年録音)だ。
こちらもマゼールがかなり根知っこく病的なまでにフレージングやアーティキュレーションを拘り抜いて録音した名盤だ。
僕はこれが頭に摺り込まれているせいか、他の演奏がどうもあっさりして聴こえる。。
近々廉価版で国内盤がリイシューされるらしい。リマスタリングされていると嬉しいのだがどうかな。

ショパン/練習曲第1番作品25-1”エオリアン・ハープ”(Chopin/Etude #1 In A Flat, Op. 25)

本当に暑い日が続いた夏だったが、暑いのは夏だから仕方ないと多少の諦めも必要だ。
気狂いみたいにクーラーで部屋をキンキンに冷やして、「仕事に集中しましょう」なんてバカげてる。
そんな中に1日いたら身体がもたない。
今年の夏は「熱が下がらない病」で苦しんだ。きっとこのクーラーのせいに決まってる。
なんて、ちょっとストレスが溜まってきているのか、最近かなりイライラしている。

こういう風にちょっと神経がイカれた時に効くのがスティーリー・ダンやショパン。
体力が落ちている時はショパンがいいかな、普段は全然聴かねーけど。

ショパンの練習曲第1番作品25-1“エオリアン・ハープ”がかなりいい。すごく効く。
このアルペジオの波に完全に乗っかって、口をあんぐり開けてしばらくぼけっとするのもいい。
このアルバムのポリーニのマシンのような超絶的な演奏もすごいがやっぱ曲がいいね。
夏の疲れに効きます。

Henri Dutilleux(アンリ・デュティユー)

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アンリ・デュティユー:管弦楽曲集成
ハンス・グラーフ:指揮
フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団

アンリ・デュティユー(1916年生まれ)、現代のフランスを代表する作曲家。
なぜ、今このタイミングでデュティユーなのか自分でもよくわからんが、ふとしたことがきっかけで聴くことになった。
そのアルバムがこのハンス・グラーフ指揮によるボルドー・アキテーヌ管弦楽団の集成なのだが最初に収録されている「交響曲第2番」から一気に音の世界にひきこまれた。

いわゆる現代音楽(メロディーと調性のない非常に難解なやつ)が続くのかと思いきや、ドビュッシーなどのフランス的色彩に富んだ非常に美しい音楽が展開される。
響きは現代音楽的で調性はあいまいなのだが、メロディーはあり和声がとっても洒落ていて響きがカッコいい。
そしてリズミックでメロディック。音楽が心地よく流れて行く。

以前、武満徹の「そして、それが風であることを知った」を聴いたときと同じような感覚。
この曲もドビュッシーの同編成(フルート、ヴィオラ、ハープ)のソナタの影響が色濃く出ている作品でとっても美しい曲でした。
ただ、このデュティユーの場合、比較的編成の大きい「管弦楽」によるもの。
静寂の中から霧のように沸き立つ弦楽の神秘的な響きから、金管楽器やティンパニや銅鑼、チェレスタなども伴う外向きの開放的な大管弦楽の響きまで楽しむことができる。

このグラーフ指揮のボルドー・アキテーヌ管弦楽団は初めて聴いたがとってもいい。
聴いていて楽しいし気持ちがいい。
なんかすっきりするし。これはいいですな。

サン=サーンス/ピアノ協奏曲第3番変ホ長調作品29

フランスの作曲家、カミーユ・サン=サーンス(1835-1921)
組曲「動物の謝肉祭」の「白鳥」や一時期テレビCMで流れてた交響曲第3番「オルガン」、そして最近ではフィギュア・スケートで「死の舞踏」や「サムソンとデリラ」なんかも使われていたりして有名。
そのサン=サーンスのピアノ協奏曲第3番。
サン=サーンスのピアノ協奏曲の中でも演奏される機会は少なく非常に地味な作品だとされているようだが僕は大好きな曲。
以前レコード会社のセールス・プロモーターをしていた頃に僕が担当していたあるCDショップの店長さんが教えてくれた。
その時に貸してくださったCDがこのガブリエル・タッキーノ(ピアノ)ルイ・ド・フロマン(指揮)ルクセンブルク放送管弦楽団の演奏のものだった。
その後、この演奏のCDは入手できずアルド・チッコリーニのものを聴いていたが最近このBRILLIANTの廉価版ボックス(6枚組で約2500円!)に入っていることを知り購入。
久しぶりに聴くことができたのだがやっぱりこの演奏は素晴らしいと思った。
録音はやや古さを感じるのだが決して悪くなく、タッキーノの溌剌としたピアノのタッチがこの曲をとても魅力的なものにしている。
またバックのフロマン&ルクセンブルク放送管弦楽団もいい。
特に冒頭のホルンソロからして最高だ。
レガート気味に丁寧に歌うように吹くこの感じ。うん、いいねえ。

そして、それが風であることを知った / 武満徹

武満徹(1930-1996)。現代音楽における日本を代表する作曲家。
僕は、いわゆる現代音楽が苦手だ。しかし現代音楽的なものはわりかし好きだったりする。
オネゲルやショスタコーヴィチのような調性感のなさには心地よささえ感じる。
で、武満徹はずっと避けてきたような感じがする。
多分、初期の作品「ノヴェンバー・ステップス」あたりを聴いたショックが大きすぎたのかもしれない。

しばらく前にNaxosレーベルから出た武満徹の「そして、それが風であることを知った」は何故だか気になって購入したのだが、1、2回聴いてそのまま棚にしまい込んでしまった。
だが先日図書館のCDライブラリーで見かけた「武満徹 響きの海 室内楽全集」の中の「そして、それが風であることを知った」を聴いて、この響きの美しさと無調の音の世界に引き込まれた。

フルート、ヴィオラ、ハープによる15分程の曲で1992年に作曲された作品なので後期の作品だ。
フランス印象派の作曲家ドビュッシーを思わせる和声の美しさもさることながら個々の楽器の掛け合いが絶妙だ。
このアルバムには「海へ」というアルト・フルートとハープによる曲も収録されているのだが、こちらも美しい曲だ。
さらには「すべては薄明のなかで ―ギターのための4つの小品―」というクラシック・ギターのための作品がある。
今の僕にはスペインの作曲家やブラジルのヴィラ=ロボスのギター作品に対して少し抵抗があるのだが、この武満徹によるギター作品はすんなりと聴くことができた。
これも新しい発見。いろいろ聴いてみるものですね。

オネゲル/交響曲第3番「典礼風」

フランス生まれのスイス人の作曲家アルチュール・オネゲル(1892-1955)の交響曲第3番「典礼風」。
今、この曲にハマっている。
きっかけは「Mravinsky in Moscow 1965」に収録されていたのを初めて聴いて。
いわゆる「現代音楽」的で調性もあいまいな感じの音楽なのだが、和音の積み方やリズムが特徴的で音楽の展開も早いのでぐいぐいと音の世界に引き込まれる。

第二次世界大戦の直後の1946年にスイスのヘルヴェチア教会のために書かれた曲。
第1楽章「怒りの日」、第2楽章「深き淵より叫ぶ」、第3楽章「我らに平和を与え給え」とカトリックの典礼文のタイトルが付けられている。
キリスト教のことは全く知識がないのでよくわからないが、オネゲルは
「私がこの交響曲の中で表現したかったのは近年我々を悩ませた野蛮性、愚かさ、苦しみ、機械化と官僚主義の流れの中に生きる現代人の姿である。」と言っている。
この曲を初めて聴いたときにチャールズ・チャップリンの映画「モダン・タイムス」のオヴァーチュアを思い出したのだが、映画のテーマは非常に近いんじゃないだろうか。
第1楽章「怒りの日」では 神の怒りに直面した男性の恐怖、第2楽章の「深き淵より叫ぶ」では神に見捨てられ悲嘆した男の瞑想、祈り、第3楽章「我らに平和を与え給え」では近代化の野蛮性と愚かさの高まり、犠牲者の反乱と解放、そして平和(=永眠)といった内容だろうか。

第1楽章では最初から異様な緊張感。
劈くような金管楽器の不協和音、それも何となくMid-centuryな近現代的な響きのする和音の積み方。
オネゲルならでは?の蒸気機関車の走るようなザクザクした弦楽部。
吠えるようなフラッターホルン。
音が完全に怒っている。まさに「怒りの日」だ。
続く第2楽章は美しく安らぎに満ちたアダージョ。
第3楽章は不気味なマーチで始まる。ホルンによる何が諦めたようなテーマが繰り返されながら徐々に高まっていく。
そして金管楽器の不協和音によるファンファーレが3度繰り返された後、静かな美しいアダージョに。
鳥のさえずりとともに天にでも昇っていくかのように静かに終わる。。
全3楽章、約30分弱の曲だがどの楽章も飽きるところがない。
ドラマチックなというと何か安っぽい感じがするが音楽の展開の仕方や音響的にもとても面白い。

ムラヴィンスキーの演奏がすごい。
恐ろしいほどの緊張感漂うライヴ録音だ。
ライヴとは思えないほどのレニングラード・フィルの緻密なアンサンブルにも驚く。
ガリガリと弾き込む分厚い弦楽がすごい。
これでもかとバリバリ割りまくって吹くブラスは 、まさにロシアン・ブラス炸裂なのだがこの曲にはとても合っている。ロシアン・ビブラートも悪くない。

演奏会で演奏される機会は少ないのだろうか・・?
今、こんな時代だからこそ、もっと演奏されるべき楽曲なのではないだろうか・・?
是非一度、ライヴを聴いてみたい曲だ。

今年もまた夏が終わる・・・スヴェトラーノフ/ピアノ協奏曲ハ短調


スヴェトラーノフ:ピアノ協奏曲ハ短調
ウラジミール・オフチニコフ(ピアノ)
アレクサンドル・ドミトリエフ(指揮)
サンクトペテルブルク・アカデミー交響楽団

今年も夏が終わる・・。
今年の夏は本当に暑かった。環境問題とかいろいろ考えさせられた。
ついつい我慢ができずにエアコンをつけてしまうのだけど、地球規模で異常事態が起きていることを考えると心が痛んだ。

今年の夏の終わりは、スヴェトラーノフの”哀愁の”ピアノ協奏曲で。

指揮者としてのスヴェトラーノフの熱くスケールが大きく激しく豪快な演奏スタイルは有名で、僕もCDを聴いたり実演に1度だけだが接しているから少しは知っているつもりだが、作曲家としてのスヴェトラーノフはほとんど知らなかった。

このピアノ協奏曲は、ものすごくロマンチックでメロディックな音楽だ。
指揮者スヴェトラーノフが最も得意としていた作曲家の一人、ラフマニノフの影響が色濃く出ている。
近現代の作曲家の多くが調性のない実験的なサウンドに走るなか、スヴェトラーノフは後期ロマン派的な音楽を守り続けた決して多数派ではない作曲家の中の一人だろう。

このCDはスヴェトラーノフ氏が亡くなった翌年2003年サンクトペテルブルクでのライヴ録音だが、演奏が素晴らしい。
オフチニコフの繊細なピアノとドミトリエフ指揮のサンクトペテルブルク・アカデミー響のゴツゴツしたダイナミックなサウンドがスヴェトラーノフの濃厚な男のロマンの世界を描ききっている。

アーノルド・カーツのラフマニノフ

ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調作品27

アーノルド・カーツ(指揮)
ノヴォシビルスク・アカデミー交響楽団

ラフマニノフの交響曲第2番はこないだスヴェトラーノフで書いたばかりだが素晴らしいCDがあったので再び。

ロシア・シベリアの都市ノヴォシビルスクのオーケストラ、ノヴォシビルスク・アカデミー交響楽団のラフマニノフ。
新譜で何故こんな地方都市のオケのCDが出ているのだろうと不思議に思いつつもとても気になっていた。
指揮者のアーノルド・カーツ氏は50年にもわたってこのオーケストラの音楽監督を務めている超ベテラン。
このコンビのCDはタネーエフの交響曲第4番を1枚だけ所有していて、とても力強い素晴らしい演奏をしていたのでとても期待して購入。

演奏はロシアのオーケストラらしい渋みのある音でありながらも非常に丁寧に歌うような音楽が展開されている。
スヴェトラーノフのラフマニノフとは一味も二味も違う演奏。
のっぺりとした、それでいて味のあるトランペット、くぐもったほの暗い音色にヴィブラートのかかったホルン、柔らかに歌う木管群、そしてシベリアの曇り空(見たことはないが想像)をおもわせる弦楽。
これは2005年の録音なのだが、まだロシアらしい音を持ったこんなにすごいオーケストラがあるということに嬉しくなった。
録音も素晴らしく(再生機器を持っていないのだがSACD)各楽器の音色がきちっととらえられている。
こんなに細部のパートがはっきり聴こえるラフマニノフの交響曲第2番は初めて。
例えば第1楽章後半の盛り上がり部分のティンパニとシンバル・大太鼓の打ち込み部分のリズムなど、こうなっていたんだと、新たな発見も多い。
同時収録のボヘミア奇想曲ではさらにこのオーケストラの持ち味であるロシアらしいサウンドが炸裂する名演!

だがしかし。
いろいろ検索をしていたら、指揮者のアーノルド・カーツ氏は今年の1月22日に亡くなっていることがわかった。
こんな名演に出会えて、ここのところ嬉しくて毎日聴いていただけにとてもショックだ。
アーノルド・カーツ氏なき後も、この素朴でありながらもロシアの大地を思わせる味わい深いサウンドが、このオーケストラからいつまでもなくならないことを祈りたい。

ラフマニノフ/交響曲第2番ホ短調作品27

ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調作品27
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)
ソビエト国立交響楽団(1985年ライブ録音)

ロシアン・クラシックで外せないのがラフマニノフ。
その中でもピアノ協奏曲の2番、3番などと並んで言わずもがなの超名曲、交響曲第2番。
ラフマニノフ独特の甘美で美しいメロディーが詰まった作品だが、特に第3楽章はテレビドラマで使用されたりするほど。
が、単に甘いだけではなく、ラフマニノフ特有のユニークなおどろおどろしいオーケストレーションがなされる部分や時に厳しい音楽が展開される部分があったりと、ラフマニノフのロシアン魂を垣間みることができる。

演奏はこのエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮のソビエト国立交響楽団による1985年のライブ盤が素晴らしい。
巨匠スヴェトラーノフが最も得意としたそしてもっとも愛してやまなかった特別な曲。
現在CDとなっているものの中ではこれが一番熱の入った演奏ではないだろうか。

1995年のスヴェトラーノフ&ロシア国立交響楽団(旧ソビエト国立交響楽団)来日公演時、6月9日の池袋の東京芸術劇場のプログラムがこのラフマニノフの交響曲第2番だった。
スヴェトラーノフのライヴは僕にとってこの公演が最初で最後となってしまったがすごく貴重な体験、聴けてよかった。
第3楽章がとても印象的だった。
非常にゆっくりとしたテンポではじまり、曲が進むにつれて徐々に徐々にオーケストラ全体が燃えるように熱をおびてくる。
そしてあの甘美なメロディーがややドライな響きのする芸劇いっぱいに渦を巻くように鳴り響いたときには、ほんと涙が出そうになった。
このCDを聴いていると当日の事を思い出す。
アメリカやヨーロッパの洗練された音のするオケのスカした演奏よりも、ラフマニノフはこうじゃなくっちゃ!と思う。

2年ぐらい前から始まった毎年GWに開催される音楽際「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」」
今年のテーマは~民族のハーモニー~ということでいろんな作曲家の曲を聴けるのだが、その中にこのラフマニノフの交響曲第2番もあった。
演奏は最近CDショップでよく見かけるロシアオケ、ドミトリー・リス(指揮)ウラル・フィルハーモニー管弦楽団。
これは聴いておかなくてはということで、チケットを購入。S席で2500円!
今から楽しみだ。

亡き王女のためのパヴァーヌ/ラヴェル


亡き王女のためのパヴァーヌ/ラヴェル

パリ音楽院管弦楽団
ルシアン・テヴェ(コル)
アンドレ・クリュイタンス(指揮)

CDショップをフラフラしていてびっくりしたのだが、クリュイタンスのラヴェル管弦楽曲集が980円で売られていた。
しかも2枚組。ラ・ヴァルスもクープランもスペイン狂詩曲も入ってる。
そして亡き王女のためのパヴァーヌも。

このクリュイタンスの「亡き王女の~」は特別な印象がある。
まだ高校生ぐらいの頃、FMか何かで初めてこの演奏を聴いたとき、出だしのホルンソロの音色にとても驚いたのだ。
甘い音色にこまやかなやわらかいヴィブラート。
当時は全然知らなかったが、パリ音楽院管弦楽団に録音当時在籍していたルシアン・テヴェというホルン奏者の演奏なのだそうだ。
そうそう正確にはホルンではなくてcor(コル)(通常のバルブ式のホルンではなくピストン式の楽器)で演奏されているらしい。
少し明るめの音色に美しいヴィブラートはそのためか。
どうも僕はヴィブラートのかかったホルンの音色に弱いようだ。
大好きなロシア・オケのホルンのヴィブラートとはまた違ったおもむきなのだがすぐに反応してしまう。

その昔、フランスのオーケストラではホルンをコルで演奏していた時代があったらしい。
このCDが録音された1960年代にはまだ使用されていたということか?
そいういうお国柄みたいなものがどんどんなくなっていくのはホントに残念。

フェドセーエフのボロディン

アレクサンドル・ボロディン
歌劇「イーゴリ公」序曲、だったん人(ポロヴェッツ人)の踊り
交響詩「中央アジアの高原にて」
交響曲第2番ロ短調

ウラジミール・フェドセーエフ(指揮)
モスクワ放送交響楽団(1991年録音)

アレクサンドル・ボロディン(1833-1877)。
「ロシア5人組」の中の一人でムソルグスキーやリムスキー=コルサコフらと同様に民族色の濃い作品を残した作曲家。
代表作は「だったん人の踊り」だと思うが、この楽曲中のメロディは映画やCMやポップミュージックの世界でも頻繁に使用され、今でもいろんなところで耳にする。
いまだに世界中の人々に愛され続けるのは、メロディの美しさと特有のエキゾチズム、そして和声の表現方法の幅の広さが自然と人々の「心の琴線」を、ビシバシと刺激しているんじゃないかと思う。

そして交響曲第2番も美しいメロディが詰まった超名曲である。
CDの録音もわりと多い。スヴェトラーノフ、コンドラシン、チェクナヴォリアン、ゲルギエフなど。
でも、ありそうでなかなかないのが、本場ロシアオケによるこのフェドセーエフのようなタイプの演奏。

前置きが長くなったが、このCDを購入するきっかけになったのが、ラスベート交響楽団というアマチュア・オーケストラのサイト内(別館)に「ロシア音楽喫茶」 というページである。
ロシアのクラシック音楽やオーケストラのなど非常にわかりやすく紹介していて、いつもいろいろ参考にさせていただいているページだ。
ここでフェドセーエフ&モスクワ放送交響楽団のボロディンの交響曲第2番の比較的新しいCDがあることを知った。
しかも「恐ろしくローカル色が強く方言のきつい演奏」「弦や木管のベタベタなアーティキュレーション、不自然なまでにアンバランスなティンパニの轟音、雄 叫びをあげるトロンボーン、ヴィブラートをかけて歌い上げるホルン・・・と、土臭さ満載」と紹介されている。(文章表現が素晴らしい!)

これは是非聴かなくてはと思っていて、先日HMVのサイトで見つけて注文。
しばらく品切れのようだったが1ヶ月してようやく入荷したらしく昨日届いた。
それで早速聴いてみた感想は、こういうのを聴きたかったんだよ!って思える「ロシア音楽喫茶」 さんとこの紹介通りの演奏で大満足。
つい先日に聴いた2つのロシア・オケにちょっと物足りなさを感じたこともあってか、ものすごく興奮してしまった。

今年の5月、このオケを生で聴いた時、ラフマニノフ、そしてチャイコフスキーでしっかりとロシアの音を出していた。
やっぱりフェドセーエフ&モスクワ放送響(チャイコフスキー交響楽団)がロシア臭さを今に残す数少ないオーケストラなのだろうか。
でも60年代70年代の録音に比べたら確実にロシアンテイストは薄くなってきている。
が、フェドセーエフ&チャイコフスキー交響楽団にはそのままの演奏スタイルを守り抜いて欲しい!

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