カテゴリー : Classical Music

バッハの鍵盤協奏曲(Bach : Keyboad Concerto Glenn Gould, Simone Dinnerstein )

バッハ:ピアノ協奏曲第3番 第5番 第7番
グレン・グールド(ピアノ)
ウラジーミル・ゴルシュマン(指揮)
コロンビア交響楽団

バッハ:ピアノ協奏曲第5番 第1番、イギリス組曲第3番、他
シモーヌ・ディナースタイン(ピアノ)
シュターツカペレ・ベルリン室内管弦楽団

最近この2枚を交互に聴いている。
今年の後半はなぜだかよくわからないがバッハをよく聴いた。
今年の前半、集中的に聴いていたバーデン・パウエルがバッハをよく聴いていて、その作品にも少なからず影響があるという話を聞いたことがある。
もしかしたら関係があるのかもしれない。

ピアノ協奏曲第5番の聴きくらべが楽しい。
グールドの楽曲の構築性をはっきりと打ち出す直線的でリズミカルな演奏に対して、ディナースタインの演奏はリズミックな部分としなやかさが共存したバッハである。
一聴したところ対照的な演奏なように感じられるが、バッハの音楽を耳にやさしく楽しませてくれる点では共通していてどちらもとても好きな演奏だ。

フランスから嘆願署名運動が

3月11日からもうすぐ4ヶ月が経過しようとしているのに福島第一原発の事故処理は何の進展もないまま、今現在も放射能を大気そして海への放出が続いている。
だが東電と政府とマスコミなんかの発表や報道からは事態の深刻さは伝わってこない。
スーパーには福島や茨城県産の野菜が普通に並んでいるし、みんな普通に生活を送っているように見える。
しかし東京都内で下水処理施設に続いてついに清掃工場の焼却灰からも高レベルの放射線が検出されはじめた。
フランスに輸出した静岡のお茶からも規制値を上回る放射性セシウムが検出されたなんてニュースも。
おそらく僕が今住んでいる静岡市もちゃんと調べれば相当な線量が検出されるんじゃないかと。

こういう状況からついに、これは世界レベルの危機であるという意味で、フランスから嘆願署名運動が起きている。
内容は以下(日本語ページ)のとおり。

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世界人権宣言では以下のように述べています :

第1条: すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない.

第3条: すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する.


これを考慮し、日本の人民とその他の世界を危険に晒している福島第一原子力発電所の現状を踏まえ、また、東京電力と日本政府がこの状況を管理する能力に欠けていることに鑑みて,

地球の住民たる我々は、国際連合(UN)、世界保健機関(WHO)、およびすべての国際機関と政府に対し、つぎのことを懇願します :

1. 国連の委任により、福島第一原子力発電所とその事故の帰結の管理を引き継ぐ国際的・学際的チームを確立すること.

2. 日本の人々を守るために、どんなコストも辞さずにあらゆる手段を講じる責任を持つ対策チームを国連内に設置すること.

 

我々は、生まれながらにして自由かつ平等である人間であり、理性と良識に基づき、同胞の精神をもって行動します。我々は、日本の同胞たちと我々のこどもたちの命、自由、および安全を心配しています.

(英語ページの末尾の)嘆願書に署名

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日本国内ではこういう動きがほとんどみられないということ、ただただこの現実を受け入れることしかできない自分自身もなんだか情けないなあと。
そんなことを考えつつ署名。

グスタフ・マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調第4楽章〜アダージェット(Gustav Mahler/Adagietto)

今年はグスタフ・マーラー(1860-1911)の没後100年ということでCDショップや書籍で特集が組まれていたり、今月から新しい映画の公開もあるらしい。
もう20年以上も前の全集だけどシノーポリ指揮の交響曲全集(12枚組)が3500円ほどで並んでいたので購入、ここ数日ずっと聴いている。
最近円高のせいもあって、CDが安く買えるのはとても嬉しい。

さて、交響曲第5番はマーラーの交響曲の中でも人気の高い曲で、特に第4楽章のアダージェットはハープと弦楽による非常に美しい楽章。
ルキノ・ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」で使用され有名である。
ある種病的で妖しげな色気のようなものが漂う。
ハープのアルペジオにのってヴァイオリンがしっとりと歌い始め静かにゆっくり高まっていくのだが、終盤の小休止する部分でヴァイオリンとヴィオラが高音から低音にかけてpppでグリッサンドする箇所があるのだが、初めて聴いた時背筋がゾゾっと、こりゃいわゆる一般的なクラシック音楽と違うなと思った。
というか、ここまで聴き進む前からわかってることではあるが・・。

このアダージェットを聴いているとカエターノ・ヴェローゾのスローな弾き語り(LindezaとかLua Lua Luaとか)とある種の共通した香りのようなものを感じる。
この曲をカエターノがギターを爪弾きながら歌ったとしてもきっと何の違和感もないだろう。
決してただ甘いだけの音楽ではないのだが聴いていると「脳内モルヒネ」がたくさん分泌されるような麻薬的要素があるのかもしれない。

ちなみに、このアダージェットの僕的ベストアルバムは、
ロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1982年録音)だ。
こちらもマゼールがかなり根知っこく病的なまでにフレージングやアーティキュレーションを拘り抜いて録音した名盤だ。
僕はこれが頭に摺り込まれているせいか、他の演奏がどうもあっさりして聴こえる。。
近々廉価版で国内盤がリイシューされるらしい。リマスタリングされていると嬉しいのだがどうかな。

ショパン/練習曲第1番作品25-1”エオリアン・ハープ”(Chopin/Etude #1 In A Flat, Op. 25)

本当に暑い日が続いた夏だったが、暑いのは夏だから仕方ないと多少の諦めも必要だ。
気狂いみたいにクーラーで部屋をキンキンに冷やして、「仕事に集中しましょう」なんてバカげてる。
そんな中に1日いたら身体がもたない。
今年の夏は「熱が下がらない病」で苦しんだ。きっとこのクーラーのせいに決まってる。
なんて、ちょっとストレスが溜まってきているのか、最近かなりイライラしている。

こういう風にちょっと神経がイカれた時に効くのがスティーリー・ダンやショパン。
体力が落ちている時はショパンがいいかな、普段は全然聴かねーけど。

ショパンの練習曲第1番作品25-1“エオリアン・ハープ”がかなりいい。すごく効く。
このアルペジオの波に完全に乗っかって、口をあんぐり開けてしばらくぼけっとするのもいい。
このアルバムのポリーニのマシンのような超絶的な演奏もすごいがやっぱ曲がいいね。
夏の疲れに効きます。

Henri Dutilleux(アンリ・デュティユー)

dutilleux

アンリ・デュティユー:管弦楽曲集成
ハンス・グラーフ:指揮
フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団

アンリ・デュティユー(1916年生まれ)、現代のフランスを代表する作曲家。
なぜ、今このタイミングでデュティユーなのか自分でもよくわからんが、ふとしたことがきっかけで聴くことになった。
そのアルバムがこのハンス・グラーフ指揮によるボルドー・アキテーヌ管弦楽団の集成なのだが最初に収録されている「交響曲第2番」から一気に音の世界にひきこまれた。

いわゆる現代音楽(メロディーと調性のない非常に難解なやつ)が続くのかと思いきや、ドビュッシーなどのフランス的色彩に富んだ非常に美しい音楽が展開される。
響きは現代音楽的で調性はあいまいなのだが、メロディーはあり和声がとっても洒落ていて響きがカッコいい。
そしてリズミックでメロディック。音楽が心地よく流れて行く。

以前、武満徹の「そして、それが風であることを知った」を聴いたときと同じような感覚。
この曲もドビュッシーの同編成(フルート、ヴィオラ、ハープ)のソナタの影響が色濃く出ている作品でとっても美しい曲でした。
ただ、このデュティユーの場合、比較的編成の大きい「管弦楽」によるもの。
静寂の中から霧のように沸き立つ弦楽の神秘的な響きから、金管楽器やティンパニや銅鑼、チェレスタなども伴う外向きの開放的な大管弦楽の響きまで楽しむことができる。

このグラーフ指揮のボルドー・アキテーヌ管弦楽団は初めて聴いたがとってもいい。
聴いていて楽しいし気持ちがいい。
なんかすっきりするし。これはいいですな。